ギリシア神話と地母神たち
アポロン、ヘラクレス、アルテミス・・・。おそらく誰でも一度は聞いたことがあるほど有名な古代ギリシアの神々。なぜギリシア神話はこれほど魅力的なのでしょう。それは登場する神々の美しさや特徴ある個性だけでなく、恋や嫉妬など、なにやら人間的なドタバタ劇がふんだんに詰め込まれているからではないでしょうか。
中でも病的なまでに女好きの最高神ゼウスと、嫉妬深い妻ヘラとの間には喧嘩が絶えません。実はこの二人の結婚と喧嘩は、実際に原ギリシア人と先住民との融合や対立関係を表していると言われています。
地中海地域に侵入してきた原ギリシア人は雷神ゼウスを崇拝する遊牧民族です。一方先住民は地域をベースに農耕社会を築き、それぞれの地母神をもっていました。原ギリシア人たちは先住民都市を武力で次々と征服し、彼らが崇拝していた地母神や女神を自分たちの神話に取り入れていきました。ヘラも、もとはペロポネソス半島の古い地母神でした。
つまりゼウスとヘラの結婚は、原ギリシア人と先住民の信仰の習合の象徴であったというわけです。
けれども征服が進んでいくと、取り入れられる地母神や女神の数は増えていきます。征服された先住民の女神たちは、神話の中でゼウスをはじめとする支配者側の男神たちと結婚するか、子を産むようになります。征服の証とも言えますが、各地の部族長が原ギリシア勢力とのつながりの証を求めたからだとも言われます。またあるいは先住民を統治する上で、地域の女神たちが最高神ゼウスに「愛される」ストーリーが必要だったのかもしれません。いずれにしても、ゼウスがあちこちで地母神や女神に手を出したのには、そうした事情があったというわけです。
そうはいってもヘラにとって夫の女好きが面白いはずはありません。ゼウスと大喧嘩を繰り広げるだけでなく、ヘラは手を出された女性たちに理不尽なまでの復讐をします。このヘラようにギリシア神話に登場する女神たちは感情的で御しがたく、しばしば最高神ゼウスを悩ませます。それは侵略者である原ギリシア人たちにとって地母神を崇拝する先住民族を従えることがいかに難しかったかを示しているのです。
では神話に登場する「元」地母神をいくつか紹介しましょう。ギリシア神話の神々はそのままローマ神話に受け継がれましたので、彼らのローマ名も( )の中に入れておきます。そちらの名前を知っている方も多いでしょう
アルテミス(ダイアナ):
狩りと純潔の女神
小アジア(今のトルコの地中海沿岸)のエフェソスの守護神であり豊穣の女神
ゼウスの母、大地の女神
レアー(レアー):
クレタ島の地母神
アフロディテ(ヴィーナス):
美と愛の女神
キプロス島の地母神
アテーナ(ミネルヴァ):
正義の神、ポリス「アテナイ」の守護神
古くからアテナイで崇拝されていた地母神
ガイア(テラ):
ゼウスの祖母、原初の母なる大地
デルフィの古い地母神
これらを見ながらギリシア神話を読み直してみるのも面白いのではないでしょうか。