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自分の手で作ること

更新日:2021年10月8日



近頃は何でも安く手に入るので、わざわざ手間と時間をかけて自分の手で作ることが少なくなりました。数十年前までは、夕方になるとどこの家からも美味しそうな匂いがしてきましたし、10代の女子にとって彼氏に手編みのマフラーをプレゼントするのは愛の証でした(笑)。自分でラジオを修理したり組み立てたりする機械の達人もあちこちにいました。


ミシンの音や夕餉の支度の匂い、ノコギリやトンカチの音に満ちた社会は「昭和の匂いがする」昔懐かしいものになりました。令和の今は三食をコンビニで買ったものですませる人も大勢いますし、自分で着るものを作る人なんてほんのわずかです。機械類はどんどん高度化して、自分で修理するのはむずかしくなりました。


写真) 日本食糧新聞

こうして人々は自分の手で作るという重労働から解放されて、便利で楽に暮らすことができるようになりましたとさ。メデタシ、メデタシ・・・


ん? 何か変・・・。だってあれこれ工夫しながら自分の手で生活と空間を創り出すのって、楽しいことでもあるのですから。いつの間にここまで「商品」が「手作り」を圧倒するようになってしまったのでしょう。



「何にでも値札を付ける資本主義」


↑ このように評した人がいるくらい、資本主義の下では企業はおカネになりそうな「ビジネスチャンス」を探し出して商品化します。資本主義という経済は商品の売り買いを増やそうとするのです(それが経済成長)。そのために私たちは、知らず知らずのうちにたくさんのモノやサービスを買うように仕向けられていますし(→ 仕組まれる消費)、人の手で行っていたものも商品にされてきたのです。手作りのおかずはスーバーで買うお惣菜に、家事労働が減ったらフィットネスクラブにどうぞ、といった具合です。


もちろん、掃除機、洗濯機、炊飯器など、生活を楽に便利にしてくれる商品はありがたいものです。そして今や保育や介護も「商品化」が進み、今までこれらの重労働を担ってきた女性を助けてくれています。


ですから商品化が全部悪いなどと言う気は毛頭ありません。ただ問題はどこまで商品に頼るのかということだと思うのです。なぜなら、何でも商品化してしまう経済がつくる社会は、実はキケンな社会でもあるからです。



生きる力を失い、他者へ依存


自分の手で作る能力は生きる力でもあります。もし大きな災害が起きた時に自分で作る経験や知識がなかったら、あなたが生き残れる可能性は格段に下がります。


また自分で作れなければ、あなたは作ってくれる他の誰かに依存しなくては生きていけません。自分の命を自分でコントロールすることすらできないのです。


これは個人レベルだけなく国レベルでも同じです。食糧や衣料品、エネルギー資源、雑貨類など、生活に必要なほとんどのものを輸入に頼る日本は、輸入がストップしたらたちまち大混乱と飢餓に陥るでしょう。今もコロナ禍や異常気象で世界の農産物の値段が上がり、日本で食品の値段が上がっていますよね。国内で「自分たちで作る」必要性は高まっています。



おカネが中心の社会


何でも買えるから自分で作る必要がないということは、何をするにもおカネが要るということでもあります。自分で作らないのですから買うしかないのです。こうして人はおカネを追いかけて生きるようになります。おカネが中心的な価値となり、「生きること=おカネを稼ぐこと」というわけのわからない社会が出現しています。





地球環境を壊す


商品の売り買いをふくらます、つまり大量生産・大量消費・大量廃棄にもとづく経済は、地球資源を食いつぶし、自然環境を破壊しています。一方、自分の手で作ったものは愛おしく、大事に使いたくなります。そう簡単に捨てたりできません。環境破壊を止めるには、「自分の手で作る」文化を復活させることが大事な選択肢になるでしょう。



自分で作らない人に聞くと、「やったことないから」「どうやっていいのかわからないから」と答える人がとても多い・・・。でもやればできないものなどほとんどないし、あとは数をこなせば 腕も上がるしスピードも上がるもんです!(経験者は語る😅)


コロナ禍でおウチ時間が増え、自分で食事を作ったりDIYをする人が増えているそうです。その調子で、楽しみながら自分の手でオンリーワンのものを作り、一緒に地球環境も改善しちゃいましょう!


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